A book:渡辺和子 置かれた場所で咲きなさい
昨日は早朝から老父を病院へ連れていき、午後1時までかかりました。
私も疲れましたが、老父はぐったりでした。
でもおかげである人からいただいた本をすっかり読むことができました。
春休みにも、5月の連休中にも読むことができなかった本を、父と一緒の病院の待合室で読めました。
感動の連続でした。なかでも感動したお話を1つだけ紹介しましょう。
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私たち一人ひとりの生活や心の中には、思いがけない穴がポッカリ空くことがあり、そこから冷たいすき間風が吹くことがあります。それは病気であったり、大切な人の死であったり、他人とのもめごと、事業の失敗など、穴の大小、深さ、浅さもさまざまです。その穴を埋めることも大切かも知れませんが、穴が開くまで見えなかったものを、穴から見ることも、生き方として大切なのです。(本文から抜粋)
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そしてこのあと、実例がいくつか出てきます。悲しみ、苦しみから見えてくるものこそ貴いという教えに、とても感動し考えさせられました。ネタばらしはいけないので、学校で手にとってご覧ください。
なお、本のタイトルは英詩からだそうです。元の英語も本の中にあります。
大事なことが追伸になってしまいました。
この著者(85歳)は9歳の時に、あの226事件で目の前で父親を40数発の銃弾で殺されるという不幸に襲われた人です。どれほどのトラウマに襲われたことか想像もつかないほどですが、そのことはほんの少ししか触れられていません。大変な努力で克服したのでしょう。
“置かれた場所で咲きなさい”の本を読みました。
さすがに、修道者になられた方が書かれたものだけに、全ての言葉が私の心に沁みるものばかりでした。
私のしがないサラリーマン人生を振り返って見るときに、自分が配属された所が厳しい所ばかりで、何で私ばかりがこんなに苦労を強いられるのかと不平不満を持ったものでした。
でも、今にして思えば何とか頑張って、自分が置かれた場所でいくつかの雑草を咲かせてきたようにも思いますし、そう思うことにします。
須釜先生が、今のみらい英語学校を創られたのには、それなりのご苦労が有ったようですが、今は奥様のご協力もあり我々のためにも又先生自身のためにも立派な花を咲かせておられます。
これからも、英語の向上を目指す人のためにも素敵な花を咲かせ続けて下さい。
またも読みたい本が増えました。
うさぎさんのように思える人は幸せです。
咲くことができなかったと振り返る人も多いのではないかと心配になります。
これからを生きる人には、思いっ切りそれぞれの花を咲かせてあげたいものです。そんなやさしい社会であってほしいのですが…。
私?う、ふ、ふ、まだまだ姥桜咲かせます!
うさぎさん、Kiyomiさん、ご感想ありがとうございます。
私も現役?時代はそれなりに苦労が絶えませんでした。こんな私ですから組織の中ではどうしてもね。
大きくても小さくても花は花、大輪でなくてもひっそりと小さな花が咲かせられれば上出来ではないでしょうか。
本の著者も決して完璧ではなくて、絶えざる反省と新たな学びで成長中であることがわかりますね。私はそこにも惹かれました。